2011年4月16日土曜日

放射線

2)「放射線」

「放射線」という単語の意味については、広義のものから狭義のものまで様々な定義がありますが、今回は電離作用(原子の軌道電子をはじき飛ばし、原子を陽イオンと電子に分離する作用)を持つ高エネルギーの粒子線及び電磁波にについて考えます。
放射線には様々なものがありますが、原子力発電所で事故が起こった場合に我々が注意しなければならない放射線は次のようなものです。(本当はもっとたくさんの崩壊モードがありますが…)
・高速で飛び出す粒子によるもの
 アルファ線(α線)、ベータ線(β線)、中性子線
・特定の波長の電磁波によるもの
 ガンマ線(γ線)、
 エックス線(X線、放射線医療行為と被曝量の比較の話があったので)
それぞれについて、一つずつ見ていきましょう。
                                           

まずα線とは、不安定な原子核がα崩壊を起こしたときに放出される放射線です。


(Wikipediaより 著作権フリー素材)
α線は中性子2個と陽子2個で構成された、すなわち質量数4のヘリウムの原子核(α粒子)が、非常に高いエネルギーを持って飛び出すものです。身近な所では、空気中に含まれるラドンという気体がα線を出すので、人間は常に皮膚や肺がラドンのα線によって被曝しています。

飛び出したヘリウムの原子核(α粒子)は、高い運動エネルギーを持ち、かつ電子を持たないという非常に不安定な状態(エネルギーが高い状態)にあるため、より安定な状態(エネルギーが低い状態)になるために、周囲の原子から電子を強奪して自分のものにしようとします。これが先に述べた「電離作用」です。飛び出したα粒子は周囲の原子から電離作用をする度に、その運動エネルギーを失っていきます。
α線の透過力は低く、空気中では数cmで止まる、あるいは紙一枚でも止められる程度ですから、まとまった量のα線源となる放射性物質が物理距離的に非常に近くにある場合(一般人にとっては考慮の必要のない極めて特殊な状況です。)を除いて外部被曝の心配は無いと考えてよいでしょう。
例えば、皮膚に付着したα線源となる放射性物質が皮膚に付着し、α線による被曝を受けたとしても、α線は細胞分裂をしない既に死んでいる細胞(角質層)で止まり、それよりも内部へは到達出来ません。
また、α崩壊をする核種の半減期は非常に長いものが多いので、万が一多少皮膚に付着したとしても(そもそも、一般の人にそのような状況が生じるとは考えられませんが)落ち着いてシャワーを浴びて洗い流すだけで十分に被曝を避ける事が出来ます。
ただし、α線を放出する放射性物質を体内に入れてしまった場合は事情が一変します。α粒子が持つエネルギーは放射性核種によって異なるものの、およそ3〜7[MeV][3] [4] という非常に大きなものですから、その粒子が運動エネルギーを失うまで、わずかな距離の飛程において周囲の大量の原子に電離作用を及ぼします。
平均して5[MeV]という数字を見て意味を理解する人は限られているとは思いますが、α線が通過してしまった細胞及び染色体はズタズタに破壊されるものだと理解してください。
α線を放出する放射性物質は、とにかく体内に入れてはいけません。
また、α崩壊をするような放射性物質の多くは、重金属としての毒性そのものの悪影響が大きいものが多いとされています(プルトニウムやポロニウムなど)。従って、各食品の放射性物質の各核種の検出量の結果の数値を見て、プルトニウムやウランなどの数値が高いものは口にしないことをお勧めします。

                                           
次にβ線です。(β-崩壊とβ+崩壊と軌道電子捕獲のモードに触れるにとどめておきます。)
次の図はβ-崩壊のイメージ図です。





(Wikipediaより 著作権フリー素材)
β- 崩壊は、放射性同位体のうち、中性子過多の原子核で起こるものです。
具体的には1個の中性子が、負の電荷をもった1個の電子(β粒子)と1個の反電子ニュートリノを放出し、正の電荷をもった1個の陽子に変化するもので、高速で飛び出してくる電子の流れが「β線」と呼ばれる放射線です。
他にも、β+崩壊(1個の陽子が1個の陽電子と1個の電子ニュートリノを放出して中性子に変化するする)や、軌道電子捕獲(原子核にある陽子が軌道上の電子を捕獲して中性子に変化し、電子ニュートリノと特性X線を放出する)などもありますが、この辺りの話は理解出来なくても全く問題ありません。
β- 崩壊が起こるのも、α崩壊と同様に、やはり不安定な原子核が不安定な状態から安定な状態になろうとするからです。そのような状態の変化が実現した時、原子核が失った不安定さ(=エネルギーの差分)を、代わりに放出される高速な電子などが引き受けているのです。
今回、最も話題になっている放射性同位体であるヨウ素131やセシウム137は、ベータ崩壊による β線が主に問題となる核種です[5]。また、β粒子といっても、それは様々な値のエネルギーを持つものであり、同じ放射性核種でも放出されるβ線のエネルギーは様々で広いエネルギーバンド(連続的なエネルギースペクトル)を持つことに注意しなければいけません。



(ヨウ素131及びセシウム137の崩壊図 Wikipediaより 著作権フリー、 数値データ原典は[5])
β線は電荷を持った粒子なので、その移動の過程で物質中の原子核(正の電荷を持つ陽子を含むので、クーロン力(静電気力)を発生させる)や、軌道電子と影響を及ぼしあいます(いきなりクーロン力、静電気力と言われてもわからないでしょうが、身近なものとして、下敷きで髪の毛をこするとサイヤ人みたいになれるのもこれと同じクーロン力(静電気力)によるものです。)。
この時に、周囲の原子の軌道電子を電離したり、励起します。 β- 線の場合、正の電荷を持つ原子核と間にクーロン力(静電気力)による引力が働くため加速度を受け、β- 線は減速されます。減速は運動エネルギーの喪失を意味しますが、代わりにそれに相当するエネルギーの電磁波(制動X線)が放出ことに注意しなければなりません。
つまり、β線が発生すれば、それが遮蔽物によって止められる以上、同時にX線が発生するということです。
β+崩壊の場合は、陽電子が周囲の電子と「対消滅」を起こし、電子2個分の質量に相当するエネルギーが光子として二個放出されます。
β線は、α線よりも高い透過力がありますが、後述の「γ線」の透過力に比べれば遥かに小さいものです。また、ひとつの粒子が持つエネルギーそのものはα粒子に比べてβ粒子は小さいものです。よって、α線によるものと比較すると、よりも広範囲に、そして小さな被害を及ぼします。
原子力発電所で深刻な事故が起きた場合に広範囲に拡散される放射性物質は、α線源となる放射性物質よりも、β線源となる放射性物質の方が遥かに多いものです。
例えば、チェルノブイリの原発事故後、周辺地域で甲状腺ガンの発症率(特に小児甲状腺ガン)が急上昇したことは周知の事実であると認識していますが、ヨウ素131によるβ線が主な原因であると考えられています。
被曝とリスク(ガンや白血病や骨髄腫など)の相関は非常に慎重な疫学・統計学的な取り扱いが必要であり、そう簡単に評価が出来る話ではありません。20年以上も前に起こったチェルノブイリでの事故による被曝とリスクの評価よりも遥かに前の、広島と長崎への原子爆弾の投下による被曝とリスクの評価ですら、今もなお様々な議論・論争が繰り広げられています。
背景には、被曝によるリスクの評価値を可能な限り小さく主張しなければいけない集団と、被曝によるリスクの評価値を何が何でも大きな値としてその危険性を訴えたい集団の終わりなき戦いがあります。それぞれに、思想、信念、利権、政治的な問題、など様々な事情が絡んでいます。
そのような状況の中で、ヨウ素131のβ線による甲状腺の集中的被曝と甲状腺ガンのリスクの上昇は、被曝とガンの関係をどうしても否定したい、あるいは小さく算出したい事情を抱えていた集団ですら唯一認めざるを得なかったとされる、統計上の有為なデータであるとされています。
したがって、当然のことですが、ヨウ素131をはじめとするβ線源となる放射性物質も、可能な限り体内に入れないように心がけなければいけません。なお、被曝についての考え方や、個人に出来る対策は、後に述べます。

                                           
γ線とX線は同じ「電磁波」(であると共に「光子」であるとされている)です。その区別は、発生機構によって分別され、原子核内のエネルギー準位の遷移によるものをγ線、軌道電子の遷移によるものをX線と呼びます。
両者の電磁波の波長(エネルギー)の領域の一部は重なっており、また、発生する機構は異なれど物理的に本質的に同じ電磁波なので、明確な区別があるわけではありません。ただし、一般に、X線よりもγ線の方がエネルギーが高い領域にあります。
γ線はγ崩壊によって発生する電磁波です。放射性核種が崩壊して陽子や中性子の個数が変化し、全体の質量が変化しても、その原子核に過剰なエネルギーが残存している場合があり、そのエネルギーがガンマ線という形態で放出されます。
このガンマ線は原子力発電所従事者個人の被曝量を管理する線量計にも用いられています。また、放射性核種によっては特徴的なエネルギーのγ線を高い確率で放出するものが多く存在し、放射線がどの放射性核種からどれだけ放出されているかを測定するために利用されます。(後に詳しく述べます。)

レントゲンの画像は誰もが見た経験があるものでしょう。レントゲンは、厳重に管理されたX線の照射を利用しています。体がスケスケになって見えるわけですから、その透過力は非常に大きいものと考えるべきです。必要な医療行為などを除けば、γ線やX線を不用意に浴びる事は望ましくありません。放射線が通過すれば、少なからず人体はダメージを受けるわけです。
                                           

中性子線はその名の通り、中性子の粒子線です。中性子は電荷を持たない粒子であるため、先のβ線(例えば、負の電荷を持つ電子)のように原子核の陽子による正電荷からのクーロン力によって減速される、などということはありません。
非常に高いエネルギーを持って凄まじいスピード(運動エネルギー)で飛びだし、原子核にぶつかるたびにその運動エネルギーを失います。決して一度ぶつかれだけで止まるわけでなく、周りの原子(分子)の熱運動と熱平衡状態になる(この状態の中性子を「熱中性子」と呼ぶ)まで進み続ける、とても厄介なものです。他の原子核にぶつかることでその原子核の崩壊や核分裂を誘起したり、放射性核種でなかったものを放射性核種に変えてしまうこともあります(中性子照射による「放射化」と呼ばれます)。
茨城県東海村で起きたJCO臨界事故で死亡された方々が致死量を浴びた放射線は、主にこの中性子線です。大量の中性子線を浴びた作業員の方の細胞の染色体はことごとく破壊されており[6][7]、生物が生きていく為に必要な細胞分裂の「設計図」である染色体を完全に失ったことで、その体は時の流れと共に崩壊していきました。
この事故は完全な「人災」でした。心から哀悼の意を表します。
[3]Geiger-Nuttall law
[4]八木浩輔「原子核と放射」朝倉書店(1980)
[5]Ervin B. Podgršak Modes of Radioactive, RADIATION PHYSICS FOR MEDICAL PHYSICISTS, Biological and Medical Physics, Biomedical Engineering, 2010, 475-521
[6]「被曝治療83日間の記録 東海村臨界事故」 岩波書店
[7]NHK放送 NHKスペシャル「被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故~」 2001年放送
実は、この中性子線こそが原子力発電が出来る事の要なのです。次の「核分裂」の話に移りましょう。

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