2011年4月16日土曜日

食品、飲料、土壌などからの放射性物質の検出方法について〜放射性ストロンチウムが今になって検出された理由〜

6)食品、飲料、土壌などからの放射性物質の検出方法について

さて、「なぜ今更ストロンチウムが話題になったのか」という話にようやく入ります。
2)の「放射線」で説明した様に、放射性物質は様々な種類の放射線を放出します。
先ず、大々的にニュースになっている二大巨頭のヨウ素131とセシウム137についてその崩壊の仕方を確認してみましょう。



(ヨウ素131及びセシウム137の崩壊 Wikipediaより 著作権フリー、 数値データ原典は[5])
[5]Ervin B. Podgršak Modes of Radioactive, RADIATION PHYSICS FOR MEDICAL PHYSICISTS, Biological and Medical Physics, Biomedical Engineering, 2010, 475-521
ヨウ素131もセシウム137もベータ崩壊をする放射性核種です。
それらの崩壊が起こった後も、原子核には過剰なエネルギーが残存しているので、安定な状態になろうとします。その過剰なエネルギーはγ線として放出されます。
そのγ線の持つエネルギー量は、それぞれの核種によって特有のピークがあります。
上の図より、ヨウ素131ならば364.489[keV]に、セシウム137ならば0.6617[MeV]に固有の特徴的なピークがあると見る事が出来ます。
検出対象からのγ線をゲルマニウム半導体検出器を用いて検出し、そのエネルギースペクトル分析することによって、検査対象からどれだけの放射線が、どの放射性核種から放出されているのかを測定していきます。
ゲルマニウム半導体検出器の検出分解能は非常に優れている(飲料水や牛乳の検出下限値で 2[Bq/L]など[10] )ので、専門機関が適切な分析をすれば、ヨウ素131やセシウム137による人体に有害な汚染度の食品・飲料は必ず検出可能と言えます。
また、ヨウ素131の拡散が起こってしまった場合は、牛の現乳の汚染に直ちに影響を及ぼしますが、深刻な問題を引き起こす汚染レベルの現乳は、NaIシンチレーションサーベイメータという可般装置を用いた簡易測定によって(飲料水や牛乳での検出限界値で100~300[Bq/L])生産現地で数分で検出する事が出来ます [10]
食品の場合は、検出対象の試料から脱水し、それを灰化させるという前処理をしてから測定を始めますが、ゲルマニウム半導体検出器による測定は10分から30分程で完了するので、ヨウ素131やセシウム137による汚染は比較的簡単に、かつ短時間で行う事が出来ます。
(注:Ge半導体検出器のバックグラウンドの測定には数日を要します。)
事実、ヨウ素131やセシウム137の検出のニュースは事故後、比較的短時間で報じられたことは記憶に新しいものです。

詳しくは、下記を参照してください。
[10]財団法人 日本分析センター http://www.jcac.or.jp/
また、食品ならば厚生労働省、環境調査ならば文部科学省がその測定方法や条件を公開しています。
                                           

では、ストロンチウム90の検出のニュースが、原子力発電所での深刻な水素爆発によって
放射性物質が大量放出されてから一ヶ月ほど経ってから報じられたのはなぜでしょうか。
それを説明するには、やはりストロンチウム90という核種がどういった崩壊をしてどのような放射線を放出するかについて考えなければなりません。

次の図は、ストロンチウムの崩壊を示す式です。(TeXでつくられているものをWebより拝借。問題ないと判断し、こっそりと…)




ストロンチウム90の崩壊自体はβ崩壊ですが、先に紹介したヨウ素131やセシウム137と明らかに違うことが一つあります。それは、β崩壊をしたストロンチウム90の原子核がγ線を殆ど放出しないということです。
ヨウ素131やセシウム137は、それらの放射性核種に特有のエネルギーのピークを持ったγ線を放出するので、そのγ線スペクトル分析をすることで検出出来ましたが、ストロンチウム90はそのような特徴的な固有のγ線を放出しないのです。ですから、他の検出・測定方法を検討しなければなりません。
その方法は、極めて複雑な行程と、長い期間を必ず必要とします。行程について詳しく知りたい方は、資料 [11][12] を参照してください。
要約すると、まず野菜や飲料から土壌などの測定対象試料から、ストロンチウムを化学的に分離します。さらにストロンチウム90が崩壊して生まれるイットリウム90との間に放射平衡という状態が成り立つまで、およそ1ヶ月という長い期間待ちます [12]
放射平衡が成り立つということは、ストロンチウム90からの放射とイットリウム90からの放射が一定の比率を保つ状態にあるということを意味します。そのような状態になってから、イットリウム90のみを抽出しそこからのβ線を液体シンシレーション計数装置やGeiger-Müller計数管などの装置で測定し、さらに存在比率からストロンチウム90の量を計算します。
特定の元素のみを野菜や飲料や土壌粒子中から抽出する作業がそもそも非常に難しく複雑な行程が必要ですし、計測の為にはおよそ一ヶ月という期間、待たなければならないのです。そうしなければ測定することが不可能です。
このことを踏まえると、次の事が言えます。
事故から一ヶ月経ってから他の放射性物質より遅れてストロンチウム90の検出がニュースとして報じられたこともあり、「政府が今まで隠していたのではないか?ストロンチウム90はそれほどヤバい物質なのではないだろうか?」という声が至る所で散見されました。
しかし「政府や諸機関がストロンチウム90の検出を隠していた」という主張は科学的に完全に間違い、悪質なデマです。そのような主張をする人がいれば、科学的な事を全く知らないのにも関わらず、ただ批判がしたいだけ、騒ぎたいだけの悪質な行為をする人と言い切れます。
ストロンチウム90の正確な検出・測定には一ヶ月ほどかかるものなのです。それよりも短期間で測定する方法は確立されておらず、存在しない、そういう物質なのですから、事故がおきてからちょうど一ヶ月ほどで検出がニュースで報じられた事自体は科学的な見地から言えば非常に合理的であると判断出来ます。文部科学省が事故発覚後直ちに正しい測定方法に従いって測定を試みている、ということの裏付けにもなります。

ただし、原子力発電所で多量の放射性物質の漏洩事故が発生したときに、ストロンチウム90が必ず相当量放出される放射性核種であることはチェルノブイリでの事故や、大気圏核実験などの様々な環境への影響の調査から明らかになっている、科学者・専門家の間での常識と言って差し支えの無い事実です。
多量のヨウ素131とセシウム137の放出が検出されれば、その段階でストロンチウム90も必ず一緒に放出されていると判断して問題ありません。実際に、ニュースで報じられる前から、一部の科学者・専門家は放射性ストロンチウムについて「必ず出ています。今は検出されていないだけです。少し時間がかかります。」と主張していました。
ですから、政府、保安員、東京電力などは放射性ストロンチウムの放出が確実である事は認識していたにも関わらず、その事前の警告や周知を怠っていたとも言えます


(余談)
放出が確実であると想定されながらも検出が遅れた物質としてはプルトニウムがあります。
プルトニウムの放射性核種を検出・同定する測定には通常数週間かかりますが、検出がニュースとして報じられた際も、ストロンチウムと同じく「政府がプルトニウムの事を今まで隠していたのではないか?」という声がありました。検出は放出から遅れます。隠していたのは検出ではなく、放出の可能性が確実視されていたことであって、叩くべきは危険性の事前の警告と周知を怠った事です。

[11]「放射性ストロンチウム分析法」 文部科学省 科学技術・学術政策局 原子力安全課防災環境対策室 平成15年(http://www.kankyo-hoshano.go.jp/series/lib/No2.pdf)
[12]「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」 厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課 平成14年(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf)

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