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食品、飲料、土壌などからの放射性物質の検出方法について〜放射性ストロンチウムが今になって検出された理由〜
6)食品、飲料、土壌などからの放射性物質の検出方法について
さて、「なぜ今更ストロンチウムが話題になったのか」という話にようやく入ります。
2)の「放射線」で説明した様に、放射性物質は様々な種類の放射線を放出します。
先ず、大々的にニュースになっている二大巨頭のヨウ素131とセシウム137についてその崩壊の仕方を確認してみましょう。
(ヨウ素131及びセシウム137の崩壊 Wikipediaより 著作権フリー、 数値データ原典は[5])
[5]Ervin B. Podgršak Modes of Radioactive, RADIATION PHYSICS FOR MEDICAL PHYSICISTS, Biological and Medical Physics, Biomedical Engineering, 2010, 475-521
ヨウ素131もセシウム137もベータ崩壊をする放射性核種です。
それらの崩壊が起こった後も、原子核には過剰なエネルギーが残存しているので、安定な状態になろうとします。その過剰なエネルギーはγ線として放出されます。
そのγ線の持つエネルギー量は、それぞれの核種によって特有のピークがあります。
上の図より、ヨウ素131ならば364.489[keV]に、セシウム137ならば0.6617[MeV]に固有の特徴的なピークがあると見る事が出来ます。
検出対象からのγ線をゲルマニウム半導体検出器を用いて検出し、そのエネルギースペクトル分析することによって、検査対象からどれだけの放射線が、どの放射性核種から放出されているのかを測定していきます。
ゲルマニウム半導体検出器の検出分解能は非常に優れている(飲料水や牛乳の検出下限値で 2[Bq/L]など[10] )ので、専門機関が適切な分析をすれば、ヨウ素131やセシウム137による人体に有害な汚染度の食品・飲料は必ず検出可能と言えます。
また、ヨウ素131の拡散が起こってしまった場合は、牛の現乳の汚染に直ちに影響を及ぼしますが、深刻な問題を引き起こす汚染レベルの現乳は、NaIシンチレーションサーベイメータという可般装置を用いた簡易測定によって(飲料水や牛乳での検出限界値で100~300[Bq/L])生産現地で数分で検出する事が出来ます [10]。
食品の場合は、検出対象の試料から脱水し、それを灰化させるという前処理をしてから測定を始めますが、ゲルマニウム半導体検出器による測定は10分から30分程で完了するので、ヨウ素131やセシウム137による汚染は比較的簡単に、かつ短時間で行う事が出来ます。
(注:Ge半導体検出器のバックグラウンドの測定には数日を要します。)
事実、ヨウ素131やセシウム137の検出のニュースは事故後、比較的短時間で報じられたことは記憶に新しいものです。
事実、ヨウ素131やセシウム137の検出のニュースは事故後、比較的短時間で報じられたことは記憶に新しいものです。
詳しくは、下記を参照してください。
また、食品ならば厚生労働省、環境調査ならば文部科学省がその測定方法や条件を公開しています。
では、ストロンチウム90の検出のニュースが、原子力発電所での深刻な水素爆発によって
放射性物質が大量放出されてから一ヶ月ほど経ってから報じられたのはなぜでしょうか。
それを説明するには、やはりストロンチウム90という核種がどういった崩壊をしてどのような放射線を放出するかについて考えなければなりません。
次の図は、ストロンチウムの崩壊を示す式です。(TeXでつくられているものをWebより拝借。問題ないと判断し、こっそりと…)
ストロンチウム90の崩壊自体はβ崩壊ですが、先に紹介したヨウ素131やセシウム137と明らかに違うことが一つあります。それは、β崩壊をしたストロンチウム90の原子核がγ線を殆ど放出しないということです。
ヨウ素131やセシウム137は、それらの放射性核種に特有のエネルギーのピークを持ったγ線を放出するので、そのγ線スペクトル分析をすることで検出出来ましたが、ストロンチウム90はそのような特徴的な固有のγ線を放出しないのです。ですから、他の検出・測定方法を検討しなければなりません。
その方法は、極めて複雑な行程と、長い期間を必ず必要とします。行程について詳しく知りたい方は、資料 [11][12] を参照してください。
要約すると、まず野菜や飲料から土壌などの測定対象試料から、ストロンチウムを化学的に分離します。さらにストロンチウム90が崩壊して生まれるイットリウム90との間に放射平衡という状態が成り立つまで、およそ1ヶ月という長い期間待ちます [12]。
放射平衡が成り立つということは、ストロンチウム90からの放射とイットリウム90からの放射が一定の比率を保つ状態にあるということを意味します。そのような状態になってから、イットリウム90のみを抽出しそこからのβ線を液体シンシレーション計数装置やGeiger-Müller計数管などの装置で測定し、さらに存在比率からストロンチウム90の量を計算します。
特定の元素のみを野菜や飲料や土壌粒子中から抽出する作業がそもそも非常に難しく複雑な行程が必要ですし、計測の為にはおよそ一ヶ月という期間、待たなければならないのです。そうしなければ測定することが不可能です。
このことを踏まえると、次の事が言えます。
事故から一ヶ月経ってから他の放射性物質より遅れてストロンチウム90の検出がニュースとして報じられたこともあり、「政府が今まで隠していたのではないか?ストロンチウム90はそれほどヤバい物質なのではないだろうか?」という声が至る所で散見されました。
しかし「政府や諸機関がストロンチウム90の検出を隠していた」という主張は科学的に完全に間違い、悪質なデマです。そのような主張をする人がいれば、科学的な事を全く知らないのにも関わらず、ただ批判がしたいだけ、騒ぎたいだけの悪質な行為をする人と言い切れます。
ストロンチウム90の正確な検出・測定には一ヶ月ほどかかるものなのです。それよりも短期間で測定する方法は確立されておらず、存在しない、そういう物質なのですから、事故がおきてからちょうど一ヶ月ほどで検出がニュースで報じられた事自体は科学的な見地から言えば非常に合理的であると判断出来ます。文部科学省が事故発覚後直ちに正しい測定方法に従いって測定を試みている、ということの裏付けにもなります。
ただし、原子力発電所で多量の放射性物質の漏洩事故が発生したときに、ストロンチウム90が必ず相当量放出される放射性核種であることはチェルノブイリでの事故や、大気圏核実験などの様々な環境への影響の調査から明らかになっている、科学者・専門家の間での常識と言って差し支えの無い事実です。
多量のヨウ素131とセシウム137の放出が検出されれば、その段階でストロンチウム90も必ず一緒に放出されていると判断して問題ありません。実際に、ニュースで報じられる前から、一部の科学者・専門家は放射性ストロンチウムについて「必ず出ています。今は検出されていないだけです。少し時間がかかります。」と主張していました。
ですから、政府、保安員、東京電力などは放射性ストロンチウムの放出が確実である事は認識していたにも関わらず、その事前の警告や周知を怠っていたとも言えます。
(余談)
放出が確実であると想定されながらも検出が遅れた物質としてはプルトニウムがあります。
プルトニウムの放射性核種を検出・同定する測定には通常数週間かかりますが、検出がニュースとして報じられた際も、ストロンチウムと同じく「政府がプルトニウムの事を今まで隠していたのではないか?」という声がありました。検出は放出から遅れます。隠していたのは検出ではなく、放出の可能性が確実視されていたことであって、叩くべきは危険性の事前の警告と周知を怠った事です。
[11]「放射性ストロンチウム分析法」 文部科学省 科学技術・学術政策局 原子力安全課防災環境対策室 平成15年(http://www.kankyo-hoshano.go.jp/series/lib/No2.pdf)
[12]「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」 厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課 平成14年(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf)
5)「原子爆弾」
「原子爆弾」とはどのようなものでしょうか。
ウランやプルトニウム等の燃料となる原子の核分裂連鎖反応を厳重に制御し、その際のエネルギーを少しずつ、継続的に取り出すのが原子力発電所です。
それに対して、ウランやプルトニウム核分裂連鎖反応を極めて短い時間の間に一気に起こす事によって瞬間で莫大なエネルギーが放出させるものが原子爆弾です。
原子爆弾のような爆発的反応を実現するためには、兵器グレードの非常に純度の高い235Uや、239Puが必要です。
しかし、原子力発電所で用いられている燃料はそのような爆発を阻害してしまう不純物である238Uが殆どです。例えば、エネルギーを取り出すために必要な235Uは軽水炉の燃料なら3~5%程度[9]で残りは不純物です。これは核兵器に用いられる90%以上の高純度を誇る兵器級高濃縮ウランには到底及ばないもので、そもそも原子力発電所で用いる燃料が核兵器のような爆発的な反応を起こす事は原理的に不可能なのです。
(注:高温のジルカロイと水の接触によって生じた水素ガスや、放射線によって水が分解されて生じた水素ガスによる水素爆発は起きます(起きました)が、これは核兵器の爆発とは根本的に異なるものです。)
ただし、水素爆発や水蒸気爆発(溶出した非常に高温の燃料が容器内の水と接触することにより、接触した水が爆発的に水蒸気となる反応)が起こる可能性は否定出来ませんので、そのような爆発が起こってさらなる自体の深刻化が現実のものとならないようにしてほしいものです。
[9]各燃料製造会社や再処理施設の公表資料等多数
原子力発電
4)「原子力発電」
例えば、原子力発電で主に用いられている燃料である質量数235のウランについて見てみましょう。235Uなどの質量数の大きな原子核が中性子を捕獲して核分裂を起こすと、新たな二つの原子核が生まれると同時に、2個ないし3個の中性子と核子の結合エネルギーが放出されます。この放出された中性子がさらに次の原子核に入射したり、入射せずに止まったります。この時、その中性子が235Uに入射した場合、次の核分裂反応を誘起します。
(235Uの核分裂連鎖反応 Wikipediaより 作者によりパブリックドメインである宣言がされている)
核分裂により放出される高速中性子は、実は次の核分裂を引き起こす熱中性子となるためには速すぎて適しませんので、適当なエネルギーをもつようになるまで減速させる必要があります。今回事故を起こした福島第一原子力発電所は沸騰水型軽水炉という方式の原子炉なので、水(純水)が冷却剤と減速材を兼ねています。
減速された中性子が235U以外の原子核、例えば238Uに入射した場合、その中性子はある確率に従い吸収されてしまうので、235Uの連鎖的核分裂には寄与しません。また、中性子がほかの原子核に入射したり、原子核への入射をせずに熱中性子となれば、その場合も235Uの連鎖的核分裂には寄与しません。
福島第一のような沸騰水型軽水炉では、通常運転時は、冷却剤かつ減速材である純水の流量の増減、炉内圧力の調整による炉内蒸気ボイド(泡)量の増減、そして中性子を吸収する制御棒の挿入などを用いて出力調整を行い、上の235Uの核分裂の連鎖反応を制御してゆっくりと安定して継続させようとします。(3号機にはプルトニウムも混ぜたMOX燃料が用いられています。)
235Uの連鎖的核分裂反応が安定して起きると、莫大なエネルギーが発生します。核子の結合エネルギーの放出、核分裂の際に「質量欠損」が生じるからです。アインシュタインが特殊相対性理論の論文で導いた、
E=mc2
という式を見た事がある方も多いのではないでしょうか。この式が特殊相対性理論の全てを語る訳ではなくその極々一部に過ぎないものですが、非常に重要かつ有名です。落書きやTシャツのロゴや、イレズミをしている人さえも見た事があります。
この式の意味は、質量とエネルギーの等価性を示すものです。燃料ウランの核分裂の際の質量欠損により生じた莫大なエネルギーは熱エネルギーとして水煮伝わり、水は蒸気となります。その蒸気でタービンを回して(運動エネルギーとなり)最終手金は電気エネルギーを発生させる、というのが福島第一原子力発電所(沸騰水型軽水炉)の発電機構の簡単な説明です。
(Wikipediaより 作者によりパブリックドメインである宣言がなされている)
また、炉内に残された燃料は、原子炉が運転停止していたとしても自発的に核分裂を起こします。当然、核分裂が発生すると熱エネルギーが発生し、燃料棒自身を加熱します。これが、常に燃料棒を冷やし続ける為に連日放水を行っている理由です。
発熱により燃料棒は次第に高温になります。燃料棒は二酸化ウラン押し固めたペレットものをジルコニウムを主成分とする合金(ジルカロイ)で包んだものの集合体です。このジルカロイによる包みを燃料被覆管と呼び、原子力発電所から放射性物質を放出する事を可能な限り減らす為の5つの壁のうちの第1の壁と呼ばれてもいます。
原子炉内の燃料は常に冷却されていなければなりません。つまり、福島第一原子力発電所の原子炉の場合は、冷却剤である水を喪失することは絶対にあってはならないことでした。しかし、震災の被害により外部電源や補助電源を失い、冷却のための水の循環が絶たれてしまい冷却剤を喪失しました。
燃料棒の発する熱エネルギーを受け取らなければならなかった冷却水を喪失すると、熱エネルギーは本来の熱の受取手を喪失してしまった燃料棒自身に蓄積されていき、徐々に温度が上昇します。高温になり、具体的には燃料被覆管のジルカロイの融点を超えてしまうとと、燃料被覆管が溶け出してしまいます。
燃料被覆管が溶け出すと、中のウランや反応によって生じた少量のプルトニウム等の大変危険な放射性物質が水と接触しますので、その水は高濃度の汚染水となってしまいます。
核分裂
3)「核分裂」
各種放射線、特に代表的なもの(α線、β線、γ線、中性子線、X線) について簡単な説明をしました。
その次に、原子力発電の本質に迫るため、「核分裂」という現象について考えます。
「核分裂」とは、一般的には、大きな質量数を持つ原子番号の大きな原子(特に、ウランやプルトニウムが重要です。)の不安定な原子核が、ヘリウムの原子核より大きな原子核を1つ以上放出して分裂し、2個以上の新たな原子核に変わることを指します。ただし、ヘリウムの原子核を放出するα崩壊もこの核分裂に含める場合もあるようです。
次のウラン原子の核分裂を挙げ、その例を見てみましょう。
(235Uの核分裂反応の一例、Wikipediaより 作者によりパブリックドメインである宣言がされている)
青色の大きな丸235U(質量数235のウラン)原子核に対して、水色の小さな丸で表される中性子が入射すると、その中性子が持つエネルギーに応じたある確率でウランの原子核がその中性子を捕獲します。熱中性子を捕獲したウランの原子核は、およそ83%の確率で核分裂反応を起こすか、残りのおよそ17%の確率で核分裂反応を起こさずにγ線を放出して236Uとなります[8]。
一つの例として、上の図ではたまたまクリプトン(92Kr)とバリウム(141Ba)に分裂していますが、他にも様々な放射性生成物へと分裂します。ウランの核分裂生成物の中には半減期が極めて短いものもあり、そのような核種は直ちに崩壊し、次の核種へと変化していきます。
特に、原子力発電所を運転して出力を安定させ長期間運用した場合、炉内の燃料ウランが核分裂及びその核分裂片がさらにβ崩壊して生成された物質のうち大きな割合を占めるものは、放射性のクリプトン、キセノン、セシウム、ヨウ素、ストロンチウム、ジルコニウム、プロメチウムなどがあります。
福島第一原子力発電所では、震災発生までは一号機から三号器までは安定した運転を継続していましたから、制御棒の全挿入による運転停止(スクラム)に成功した時点で、炉内にどれだけの放射性物質が存在していたかは計算により見積もることが可能です。
各炉の運転状況によってそれは多少異なるものですが、いずれにせよセシウム137とストロンチウム90はほぼ同量存在していたと考えられます。従って、事故発生からおよそ一ヶ月たった今になってストロンチウム90が大量に放出されたわけではなく、ヨウ素131やセシウム137の大量放出が確認されたとすれば、同時にストロンチウム90も放出されています。
[8]原子力百科事典 ATOMICA 原子核物理の基礎(4)核分裂反応
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